祝!聖徳祭開催!文芸研究同好会オリジナル企画①


こんにちは!聖徳大学文芸研究同好会です!

文芸研究同好会で設立された企画【お題小説】!

文芸研究同好会では月ごとに「フリーのお題」に沿って、各自で自由に執筆を行うという活動を行っていました!今回は特に精力的に活動してくださったメンバーお二人の小説を掲載いたします!

以下、次の欄から活動内で執筆された作品になります!

是非お楽しみください!




フリーお題『涙』 7月17日〆切 月夜


  • 設定
  • 海(まりん)…人魚。十五歳のとき、海の掟に従い海へ帰った。
  • 海月(くらげ)…人間。とある出来事をきっかけに海に行けなくなる。



 ぶくぶくとアブクが上がっていく。目の前で白い髪が舞う。目尻に浮かんでいたはずの涙は海に溶けてしまったようだ。

「ぜったいに迎えに行くから」

 寂しそうな顔をした彼女は私の拘束をといて脚だったものを動かして見えなくなってしまった。

 ある日の冬の出来事だったーー。

 次に目覚めた私は病院のベッドの上にいた。両親が心配そうな顔をして私を見ていた。

「海月!」

 良かった、と口々に言われるけれど私はまだ、現状を把握できていなかった。母親によってナースコールが押されてすぐに医者がやってきた。色々と診た後、問題ないでしょう、と言った。

「水沼海月さん、何があったか覚えていますか?」

「友達と海に行って、そこから記憶が……」

「岸に流れ着いていたところを発見されたんですよ。発見が早くて良かったですね」

 ーー危うく死ぬところでしたよ。

 私はそこで思い出した。彼女はどうしたんだろう。

「私以外には、誰もいなかったんですか」

「ええ、いませんでしたよ」

 私はその言葉に衝撃を受けた。しかし、すぐに思い出す。ーーそうだ、彼女は人魚だった。

 美しいエメラルドの尾びれ、きゅっとくびれた腰、長い髪、薄くピンクに輝く貝殻の髪飾りが頭をよぎる。あんなに美しい生き物に私は会ったことがなかった。

「今日は様子見にしましょう。異常がなければ明日には退院できると思いますよ」

「ありがとうございました」

 両親が頭を下げる。私は医者と看護師がいなくなるのを待って、外の景色が見たいとねだった。父親がうなずいてカーテンを開けてくれた。

 ヒラリと舞ったピンクの花びら。ポカポカと温かい陽気が病室まで入り込んでくるようだった。

「春、か」

 最後の記憶が真冬だったので、どうやら三ヶ月は経っているらしい。私が眠っている間に季節は一つ、巡ってしまった。

「海月、学校は心配しないでね」

 母親はそう言って笑った。無理しているのがバレバレだった。

 私は受験生だった。本当であれば高校生になるはずだった。しかし、不慮の事故で受験ができなかった。そうなると私はどこに行くんだろう。

「ねぇ、お母さん。私、退院したら海に行きたいな」

「駄目よ。今年の海は荒れるって言われているのだから」

「そうだぞ。危ないんだからな」

 私は桜を眺めながらどうやって海に行くか計画を立て始めた。両親には悪いけれど、どうしても海を見たかった。

 しかし、それは叶わなかった。両親は私が意地でも海に行くと分かっていたのだろう。私は山の中に引っ越すことになった。もう家も買っているらしく、私はそこで受験生として過ごさないといけないらしい。

 退院したその足で海ではなく山へ連れて行かれた私は、両親の前では泣かなかった。私のことを考えて引っ越しを決めたのだ。家も買われては抵抗など意味がない。受け入れるしかなかった。

 そうして私は海に行くことなく四年間、山で過ごした。私は十九歳になっていた。

 大学に進学するにあたって、私は寮生活をすることになった。自宅から通える大学ではなく、遠い都市部の大学に進学することになったからだった。

 両親はひどく心配したが、私は大丈夫だと突っぱねた。両親は寮生活を渋ったのではない。私に自由な時間ができることを渋ったのだ。

 両親は徹底して海に行かなかった。私の修学旅行先も(二ヶ所から選べた)内陸にしたぐらいだし、家族旅行でも海には行かなかった。私は海の映像を見ては行きたいと思っていた。しかし、両親は海が映るとすぐにチャンネルを変えてしまった。だから、私は海の碧さを忘れかけていた。

 その日、大学とは逆方向の電車に乗った。講義がたまたまなくなってしまった夏間近。電車には汗をかいたサラリーマンや学生で溢れかえっていた。

「次は見里海岸〜、見里海岸です」

 電車の窓から見える海は水面がキラキラとしていて綺麗だった。懐かしさを感じる。あのときの海とは違うと言うのに。

 電車が止まる。私はホームに降り立つと人の流れに乗って改札を出た。

 駅を出てすぐに海岸となっていたため、すぐに海に出れた。砂浜を歩いて波打ち際まで向かう。もう海開きをしたのか、ちらほらと人の姿が見える。

 胸いっぱいに潮の匂いを吸い込んだ。懐かしさがこみ上げてくる。彼女とよく来た海も同じ匂いがした。

 茶色のうるさいローファーも白い靴下も脱いで、波打ち際で水のかけあいっこをした。紺のプリーツスカートが濡れてしまったけれど、そんなことは気にしなかった。

 スカートをそのままにしていると塩がとれて面白い、とはしゃいだ。スカートに指を這わせ、指先にくっついた白をなめたのだ。しょっぱいね、と言って海色を細めた彼女。その笑顔ももう白く霞んでいる。

「もう思い出せないよっ……!」

 顔も声も。どうやって笑って、どうやって泣いて、どんな風に考えて、どう動くんだろう。記憶は褪せるものと聞くけれど、ここまで褪せてしまうのか。何も残っていない。彼女と過ごしたはずの日々が色褪せ、ポロポロと零れ落ちていく。全てはすくいきれない。

 ぺたんと尻もちをついた。服に砂がつくとか気にしていられなかった。ぽたぽたと落ちる雫は私の手のひらか砂に落ちて溶けていく。まるではじめから何もなかったかのように。

「海っ……」

 会いたいって言えば会えるの。また遊ぼうって言ったら聞いてくれるの。今どこにいるの。こんなにも苦しいのに会いに来てくれないの。

 ーーねえ、答えてよ。

「うん、海月ちゃん」

 ーー遅くなってごめんね。

 バッと顔を上げるとそこに白い髪の美女が立っていた。淡い黄色のワンピースを来た彼女の海色の目は真っすぐに私に向いている。優しい眼差しを、私はよく知っている気がする。

 ザザーン、と波が寄せては返す。美女は私に目線を合わせてくれた。丈の長いワンピースが濡れてしまうことも気にしていないようだ。

 視界がぼやけてよく見えない。美女は私の頭を撫でた。その手の温度はついさっきまで海に浸かっていたかのようにぬるい。

「海?」

「うん、そうだよ、海月ちゃん」

 彼女は私の頬へと手を滑らせた。ゆっくりと指で頬をなぞる。少ししてペロッと彼女は頬をなめた。

「海味だ」

 彼女が楽しそうに笑った。チャプ、と足が海水に浸かる。ゆるりと溶けるように彼女の脚が尾びれに変わった。

「海……」

 せっかく会えたのにもうお別れのようだ。人魚がいるなんて分かっては大変だろう。彼女の尾びれは横たえられ、より多くの面積が海水に触れるようにしている。

「海月ちゃん、なにか勘違いしていない?」

 ーー海月ちゃんにとってこっちは生きにくいでしょ?

 まるで見透かしたようなことを彼女は言った。たしかにそうだった。海が好きなのに海に行けない生活は、アイデンティティを失ったかのようだった。生ける屍のように過ごしてきて、ハッキリと分かった。なんて無駄な四年間だったのだろう。

「だから迎えに来たの」

 彼女が私の手を引く。海の中へと足が進む。既に腰まで水に浸かっていた。

「私、泳げないよ」

 慌ててそう言うと、彼女は私に口付けた。彼女が触れたのは瞬き一回分だった。名残りも何もないうちに燃えるような痛みが脚を襲った。彼女は私の手を握ったまま、じっと待っていた。やがて痛みがなくなると、彼女は私の手を引いて潜った。

 ごぽっと息が漏れる。このまま溺れて死んじゃうのかと思ったが、一向に息が苦しくならない。見れば、私は海の中で息ができている上に尾びれまで持っていた。

「海月ちゃんは海に選ばれたの」

「海に、選ばれた?」

「そうだよ。だから陸では生きられないの」

 陸で生きられない。普通はショックを受けるはずの言葉でも、私は悲しくなかった。むしろ嬉しかった。

「じゃあ、海と一緒にいられる?」

「うん、ずっと一緒だよ」

 私は笑った。それならば良い。陸なんて捨ててやる。

「行こう。陸なんて忘れちゃうぐらい楽しんじゃおうよ!」

 彼女に手を引かれるまま、私は沖へと出ていった。それからもう二度と陸には帰らなかった。

 一人の女性が姿を消したニュースは瞬く間に小さな島国を駆け巡った。両親は泣き叫んだ。彼女の捜索が行われたものの、見付かることはなかった。

 ある人は言った、海の巫女は帰ったんだよ、と。またある人は言った、天罰だ、と。

 その女性が見付かることはなく、一人また一人とその女性のことを忘れていった。そして人々の記憶から女性は消えてしまった。

 ええ、ええ、覚えていますとも。あれは海が荒れる前日のことでした。若いカップルがびしょ濡れの赤ん坊を連れてきたんです。どうやら駆け落ち中だったらしく、自分たちの子ではないと言っていました。生きているのが不思議なくらいでしたが、なんとか助かりましたよ。

 赤ん坊はどんどんよくなっていきました。施設に預けることもできましたが、カップルが引き取ると言いました。名前を海月、と付けました。

 行く宛のないカップルは海月ちゃんを助けた町で生活し始めました。何度か熱を出して来ましたが、海月ちゃんはすぐによくなりました。生命力に満ちた子でした。

 やがて海月ちゃんは中学生になりました。かわいらしい子で、海が大好きでした。会うたびにかわいらしい貝殻を加工したアクセサリーをくれました。海月ちゃんは海に愛されているようでした。海は海月ちゃんがいれば荒れませんでした。修学旅行などで海月ちゃんのいないときは、魚だって捕れなかったんですよ。

 海月ちゃんに事件がおこったのは中学三年生の冬でした。海月ちゃんが海に落ちたんです。運良く助かりましたが、ご両親はひどく怯えて、海月ちゃんを連れて山間部に引っ越してしまいました。それから海が荒れたんです。まるで海月ちゃんを返せ、というように。

 でも、四年ぐらいしてかしら。海月ちゃんが行方不明になった頃、ここの海はぴたりと静まったんです。

 ……海月ちゃんはきっと海に帰ったのね。だから私は寂しくないんですよ。海が大好きな海月ちゃんが海に戻れたーー。これって喜ばしいことでしょう?

 あら、もう帰るの。そうねぇ、久しぶりに海月ちゃんのことを話せて良かったわ。聞いてくれてありがとう。

 ……あなたのその白い髪、とっても綺麗ね。海みたいにゆらゆらしていてーー。あ、嫌だったかしら。

 ……そう、良かったわ。またいらっしゃい。





フリーお題『視線』 8月7日〆切 月夜


  • 設定
  • 佐倉陽太(さくらようた)…大学生。大人しい性格。心の声が聞こえてしまうため、普段から顔色が悪い。感受性豊かで強い感情に同調してしまう。同じクラスの遥に色々と助けられている。
  • 佐々倉遥 (ささくらはるか)…大学生。陽太と同じクラス。陽太のことを気にかけている。体格が良いが運動部は未経験。



 体格の良い青年の服の裾を掴んだ顔色の悪い青年は不安げな目を向けた。顔色の悪い青年はもう一人に比べれば小さくて華奢なため、彼に強引に連れ回されているように見える。

「……遥くん」

 体格の良い青年は振り返る。真っ青を通り越して真っ白な顔の青年は息も絶え絶えに言った。

「ごめん……、休憩、しよ?」

「そか。ごめんな、気付けなくて」

 遥という青年は青年にイヤホンを差し出した。青年はそれを受け取って携帯電話にさした。イヤホンを付けた彼はもう一人に更に近付く。

 二人は人ごみをぬけてどこかへと行ってしまった。

 カフェに入ったことで少し回復したらしい華奢な青年ーー陽太ーーは、申し訳無さそうな顔をした。

「本当にごめん」

「良いって。今日は人が多いから酔っちゃうよな」

 陽太は困ったような顔をしてもう一度ごめんね、と謝った。遥は気にせずにメニューを開いている。

「なに飲む?メロンソーダとかあるよ」

「オレンジュースはある?」

「あるよ。陽太はそれにする?」

「うん」

 遥はうなずくとすみませ~ん、と店員を呼んだ。店員が素早くやってきてオーダー表を取る。

「オレンジュースとメロンソーダ。あと、レモンパイを一つ」

「かしこまりました」

 店員がさっとひいていく。遥はメニューを元のところに戻した。

 今日、遥と陽太は寮の部屋の点検のため、外出を余儀なくされた。点検で人がいては休めないし、点検でエアコンが使えないから涼しくないため、仕方なくあまり行かない都会まで出て服を見ていたが、あまりにも人が多く、陽太は酔ってしまったーー実際は絶えず聞こえる心の声のせいだがーーのだった。

 そして彼がここまで申し訳無さそうにしているのにも理由がある。カフェで休憩するのは今回が初めてではない。寮を出て都会へと向かう電車の中でも顔面蒼白にし、ウインドウショッピングをしている間にも倒れそうになること片手で数え切れないほど。カフェで休むことになったのはこれで二回目だった。

「外、暑いよな」

「うん……」

「なにも今日点検しなくてもいいよな~」

「今日しか空いてなかったんだよ、きっと」

 そう言いながら陽太はふるりと震えた。陽太の座った席がちょうどエアコンの風がたくさん当たるところだったのだ。散々外で汗をかいた後に浴びるエアコンの風は精神的に弱っている陽太にはあまり良くなかった。

 くしゅん、と小さくくしゃみをした陽太の肩に素早く温かいものがかけられる。見れば遥が着ていた上着だった。顔を上げると遥が少し笑った。

「寒そうだから、着てて」

「ありがとぅ」

 陽太は少しだけ安堵して袖を通した。陽太には少し大きいサイズの上着だった。それはついさっきまで遥が着ていたおかげで温かい。これでエアコンで身体を冷やすこともなさそうだった。

「お待たせしました〜」

 店員が注文したものを置いていく。陽太はストローをくるくると動かしてオレンジジュースをかきまぜた後、こくりと飲んだ。少し酸っぱいがこれこそがオレンジジュースの楽しみだと陽太は思っている。

「レモンパイ、好きなんだよな」

「初めて見たよ、レモンパイ」

 遥は陽太の言葉に思わず目を丸くした。

 陽太はかなりの田舎出身で周囲はサクランボとスイカの畑が広がるだけの長閑な場所で育った。それゆえ、小洒落たカフェに行くのもこうして大学に通うようになってからのことだった。

 陽太のよく知るレモンは唐揚げのそばに座っていて、ぎゅうっと絞って使うものだった。他に調理方法があるとは知らなかったため、ずいぶん新鮮に思えた。

 そんな風に初めて見るレモンパイを興味深そうに見ている陽太の前に一口サイズのレモンパイが現れる。見れば遥がフォークに乗せて差し出していた。

「食べてみて」

 陽太はおそるおそる口を開けた。口に入れた瞬間、レモンの爽やかな香りが鼻に抜けた。サクサクしたパイの食感とレモンの味がするジュレは絶妙にマッチしていて美味しい。陽太は目を細めた。

「どう?」

「美味しい!」

 パアッと顔を輝かせた陽太を見て遥も嬉しそうだ。自分の分を切るとそれを口に入れた。

「ん、美味しいな」

 ふわっと綻んだ口元にパイのかすがついていた。陽太は少し身を乗り出して遥の口元に指を滑らす。

「へ?」

「ついてたよ」

 サラサラと紙ナプキンの上でそれを落とすとオレンジジュースを飲んだ。カランコロンと氷がぶつかって音を立てる。陽太はくるくるとストローを回しながら遥の様子を見た。さっき口元に指を滑らしてから反応がなかった。

「どうしたの?」

 遥は顔を赤くしていた。熱中症にでもなったのかと陽太は不安げに手を伸ばす。ピトリと額に手を当てる。その瞬間、遥が素早く身を引いた。

「え……?」

「ごめん、えと、」

 ーーびっくり、しただけ。

 まだ赤い顔をしていたが陽太はそれ以上聞かなかった。自分の指先はついさっきまで汗をかいたグラスに触れていたため、人の体温を感じさせないほど冷たい。その指でいきなり額を触られれば驚くのも無理はない。

「平気?」

「ん。平気」

 遥は小さく笑った。それがいつも通りだったから陽太はそっか、とだけ言ってオレンジジュースを飲んだ。もう半分も飲んでいた。

 それから二人はしばし無言だった。フォークとお皿の触れる音が小さく聞こえるだけで、話題がなかった。

 カランカランとカフェに人の訪れを告げるベルが鳴る。落ち着いた雰囲気のおじいさんが入ってきた。彼は遥と陽太から遠い席に座り、アイスコーヒーとトーストのセットを一つ、と言った。店員がすぐさまカウンターに戻っていく。パタパタと駆ける音は店内に流れるクラシックにまぎれて消えた。

「陽太」

 パッと顔を上げる。遥は変わらず優しい目を陽太に向けていた。

「飲み終わったら帰ろっか」

「うん」

 時計を見れば点検の終了予定時間になっていた。ここから寮まで帰ろうと思うと一時間近くかかる。今、ここを出れば夕食の時間には到着するだろう。

 陽太はストローの先を弱く噛んだ。視線をそっと噛んだストローに向ける。

 二人だけの時間が終わりを迎えるのが少しだけ寂しかった。もちろん、遥とは寮の部屋も同じだし、学部や学科、コースも同じで同じ授業をうけている。しかし、どこか寂しかった。

 ゆっくりとオレンジジュースを飲みながら、このまま永遠になれば良いのに、と陽太は思った。そっと目線だけ上げれば遥と目があった。

「どうした?」

「なんでもないよ」

 陽太はそう言って慌ててオレンジジュースを飲みきった。遥はとっくにメロンソーダを飲み終えていたし、レモンパイも食べきっていた。

 上着を遥に返しながら陽太は立ち上がる。行こっか、と言えば遥はうなずいた。貸していた上着を受け取った遥は伝票を持ってレジに向かう。その後ろを陽太が慌ててついていく。

「僕、自分の分は払うよ」

「良いって。陽太の異変に気付けなかった俺に払わせて」

 ひょいっと財布からお金を出した遥が手早くお会計を済ませた。ありがとうございました、という店員の声を聞きながら二人は外に出た。むわりと湿気まじりの熱気が二人を迎えた。

 むうっとむくれた陽太の頬を遥はつつく。陽太がその手を振り払った。どうやらずいぶん機嫌を損ねたらしい。

「ごめんって」

「今度は僕が奢るからね」

「ん、今度な」

 ぽんぽんと陽太の頭を撫でた遥の隣を陽太が歩く。駅まではもう、すぐだ。





フリーお題 『視線』 8月7日〆切 空色さくらもち


『穴が空くほど』

  • 真波 碧(まなみ あおい)…気まぐれ。高校二年生。黒髪、素行不良、陽キャ。
  • 相沢 蘭子(あいざわ らんこ)…古文教師。完璧主義。地毛が茶髪、長身、婚約者持ち。
  • 松元 良太(まつもと りょうた)…真波の友人。金髪マッシュ。
  • 森宮(もりみや)…真波のクラスの担任。



風で軋む窓枠、まだ昼間だと言うのに外は今日も鈍色曇り模様。

びゅうびゅうと寒風が吹き、校舎がひんやり冬めいている。

いよいよ『今年一最強の冬将軍』がやってきたらしい、廊下中に時代遅れの灯油の匂いが広がっている。

「じゃーなー、真波ぃ 」

「おー」

松元がオーバーサイズのカーディガンから指先だけ出して手を振ると、痛みまくってる金髪マッシュが左右にふわふわ揺れた。

原則、染髪、体育以外のジャージの着用は禁じられており……なんてルールはこの学校じゃ無いようなもんだ。俺ももちろん、しっかりジャージを着込んだ下にトレーナーまで忍ばせていた。

バレなきゃ違反じゃないし、バレても指摘させなきゃ違反にはならない。

毎年そうだった。

「はぁ〜……さみぃ…」

外通路の中央端、雪が溶けてべちょべちょになったベンチに、別に濡れても乾かせばいいしとどっかり座る。

じわじわと水が浸水してきて臀が冷たいけど、待ち合わせの時間まであと5分程度。なら待ってられる。

あとここで立ったらなんか雪に負けた気がするし。

マフラーに顔を埋めて大きく息を吐いていると、遠くの正門口から久しぶりの降雪を喜ぶ声が聞こえる。

朝から「午後から雪が降るらしい」と大騒ぎだったが、本降りが始まったのは予報よりだいぶ早いお昼すぎちょっと。

そのためか3限の授業は20分も切り上げて下校になり、いつもならまだ校内を走り回っている生徒達も生徒指導の教師軍団によって早々に追い出された。

だから校舎側はずっと静かで良い。恐らく生徒の中で校舎に残っているのは俺一人だけだろう。

普段、体育館倉庫裏に屯している不良共すらも寒さには勝てず大人しく去ったようだ。あまりに静かで思考の邪魔になるものがひとつも無い。

そんな中、校内を走り回るどころか『そうだ、告白をしよう』だなんてそんな奴、いたとしたら中々におかしいと思う。

しかも場所は一番冷える北館と体育館を繋ぐ外通路。風通し最高。

ロマンチックの欠けらも無いわ、寒いわ、かび臭いわで、むしろ大迷惑。

「ごめん、真波。待たせた?施錠に時間がかかっちゃって」

そう。そんな奴は大、大、大、大迷惑なんだ。

「……相沢」

「うん?どうしたの?」

「っ…俺の…、

俺の愛人になってくれ、ますか」

色々間違えたと自覚のある人生初の告白の返答は、「寒いから」とコーヒーを買いに行った先生によって数分おあずけされたのだった。


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「コーヒー飲み終わったらすぐ戻るから。君はその間頭冷やしておくこと。いい?」

俺が「あぁ」と返すと、寒そうにハァーと白んだ溜息を残して相沢はすぐ近くの自販機に小走りで駆けて行った。

ふわ、と風に膨らんだミルクティー色の毛玉ひとつ無いロングコート。

松元と違って、少しも痛んでいない、高い位置で束ねられた明るめの綺麗な茶髪。

どこにも置いてないのに、片手で空けられた無糖の缶コーヒー。

後ろ姿までかっこいいとかずりぃし、意味わかんねぇ。

あーあー。

これでその手に持ってる缶が、相応に可愛らしいイラスト付きのいちごミルクだったりしたら。

もしくはそのポケットからくしゃくしゃになったゴミが落ちたりしたなら、もっとこの人のことを簡単に諦められたかもしれねぇのになあ。

ポケットから出てきたのは革の無地の財布。シルバーの控えめなファスナー。

んでそんなとこまでかっこいいんだよと、むしろなんかイライラしてきた。

「はぁぁ〜……」

『先生、俺の愛人になってください』

誰だ。んな事言った奴。

数分前に戻ってそいつを俺は一発ぶん殴ってやりたい。

だって失敗した、絶対失敗しただろ。

そもそも、あいつに言うつもりは無かったし。

そうだ。出来るならこんな思い、ちょっと古い表現で言えば墓場まで持っていってやるつもりだった。勝ち目のない勝負はしたくねぇから。

いや、こんな人通りのない通路に呼び出しておいてどの口が言ってるんだって話なんだけど。

多分あの時は正常な判断が出来なくなっていたんだ。積もりかけた雪のそのあまりの白さに、眩しいほどの反射光に上手く頭が回らなかったんだ。そんな現象あるのか知らねぇけど。

とにかく俺は堪らず気づけば声を掛けてしまっていた。

相沢から少し濃いめのカフェインの匂いがしたから。

普段から完璧そうなその顔の、珍しく少しだけ浮かんで見えた疲労の色に、何故かこう胸部の奥がぎちぎちと締め付けられるように痛くなった。

雪に浮かれてる奴らには分からないその些細な変化に、俺は気づけた。

それが無性に嬉しくてたまらなくって、

そしてその結果、気づけば正門口へ向かうその足を止めて、焦って思わず口走ったのが最悪なことにアレってわけだ。

あー、思い出しただけで頭痛くなってきた…。

ちらっと未だ帰って来ない後ろ姿を横目で盗み見ると、ちょうど残りの中身を一気に煽っているところだった。

うっわぁ。コーヒー飲む唇まで輝いて見えるとか気に食わねぇ。

……いや、それはコーヒーで濡れてるからか?いや今はそんなことどうでもいいんだけど。

冬将軍到来だというのにアイス飲んでて冷えねぇのかな……いや、これもどうでもいいんだけどな。

「……………ん゙ん、見 す ぎ だ か ら 。」

視線に気づいて、空き缶をちゃんと缶専用ゴミ箱に捨てた相沢が、また小さく白い息を吐いてこっちへ戻ってくる。

おら。やっぱり寒いんじゃねぇかよ。

その歩幅も心なしかさっきとは違ってゆっくりと時間を稼ぐように。

でも、残念だったな先生。どれだけ遅く歩いても俺の気持ちは変わらねぇから。

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「……さて、頭は冷えた?」

「おー」

「じゃあ改めて聞こうかな。私に話って、」

「だから俺の愛人になれって」

「っ、はぁぁ〜……頭全然冷えてないじゃない」

眉が僅かに垂れて、気の抜けた様子の相沢からは何度目かの白いため息が零れて二人の間に溶け込んだ。

だって言っちまったもんはもうどうしようもないだろ。

今さら嘘だったなんてしたくねえし。

相沢が吐いた息が溶けた空気。普段は色んな生徒に囲まれている相沢から、こんなにコーヒーの匂いがするなんて知らなかった。

俺が相沢と直接話したのなんてあの時の一回きりだったから。

すん、鼻を鳴らす。

苦くて木みたいな匂い。無糖だから当たり前なんだけど。

それとあと、ちょっとの煙草の匂い。

この人喫煙者なんだ。少し意外。体に悪いからってしなさそうなのに。

俺も吸ってるけど、それよりもなんとなくセレブそうな匂い。

かっこよくてムカつく。

「……ふ、」

今日初めて知れたことがこんなにも多い。

別にそれが嬉しいわけじゃないけど。

ただちょっと、周りの奴らが知らないことを知って気持ちがいいなって。それだけだ。

「あ、いま笑ったね」

「はぁ?笑ってねぇ」

「え〜、そう?なんか嬉しそうだったけどな」

だから嬉しくねぇって。

勝手なこと言ってんじゃねーぞ。

「あぁそうだ。手、出して」

「?」

意志とは反対に緩んでしまう頬を殴っていると、相沢がなにか思い出したようにコートのポケットに手を入れる。

「これ。制服がそんなボロボロじゃ寒いでしょう?」

「っ、」

あとお尻ね、と言って差し出した右手に置かれたのは一本の缶ココア。

『たっぷりミルク』と書かれているのが子供扱いされているようで気に入らない。

優しく笑む顔が、あやされているみたいで気に入らない。

熱過ぎないようにポケットの中で人肌に温められたその温度も気に入らない。

俺だって無糖くらい飲めるのに、気に入らない。

何もかもが気に入らない、けど、

「ありがとう……、ござい、ます」

俺史上一億年ぶりに素直にお礼を言えば「どういたしまして」と柔らかく笑みを返される。

それはそれはまるで背景に桜の花でも咲いてそうな。

っていうか間違いなく満開に咲き誇ったその笑みに、自分の顔がさっきよりずっとだらしないことになってしまうのを分かっていても抑えきれなかった。

あー、あー。

こんなにやけていたら、本当は嬉しくて堪らなかったんだってバレバレになってしまうのに。

「あー……と、先生にその顔はさすがにまずいと思うんだけれど」

「うっ。しょっ、しょうがないだろ!」

呆れ笑いで返されるそれに「つか、人の顔んな見てんじゃねーよ」と悪態をつくと「真波だってさっき見てたでしょう、私の事」と余裕たっぷりに返してきやがる。

ムカつくはずなのに、ムカつきたいはずなのに何故か俺の心の中はじんわり温かい。

渡されたココアと同じくらい温かい。

誰も知らないままでいて欲しい、そんな温度。


___________________


ココアを三分の一くらい飲んだところで、相沢が「さっきの話の続きだけど、」と口を開いた。

「……たとえ真波の言葉が本気だったとしても、私はもうすぐ結婚する相手がいて、」

分かってる。

先生に婚約者がいて、しかも婚約済みだってことも。

だからこそ、言わないって決めていた。

どうせあの日出会うまで無かった想いだ、こんなもん初めから無かったことにだって出来るだろって封印していた。

していたし、そうじゃないといけない理屈も分かってるけど。

「あー……はは。生徒に先生まで、あれだけ騒がれてたら広まってるかぁ。じゃあ……諦めてくれる?」

「はぁ?イ ヤ だ」

それとこれとは話が別だ。

諦めて、って言われて即ハイ分かりましたが出来るくらいなら端から教師になんて告白しねぇ。

たとえ頭がバグってたとしても、だ。

「ん〜〜〜……即答するかなぁ、普通」

「は、ざんねん。俺はココアくらいで折れない。お子ちゃまじゃねぇからな」

嫌味たっぷりに言ってみせても、

「はは。やっぱりミルクココアにしたの気にしてたか」

そうやって相沢は少し困ったように眉を下げるだけ。

「とりあえず、もう遅いから帰りな。校門まで送ってやるから」

拒否はするくせに否定はしない。

例えば俺がからかってるだけなのかもしれないのに。

その優しさに漬け込んでもっと図々しいこと、強請りたくなるかもしれないのに。

俺はヤンキーだから、「生徒から告白されて戸惑ってやがんの〜」ってからかってる可能性だってあるかもしれないのに。

そういう真面目で不用心で優しいところも、すげえずりぃ。

やっぱり好きだって思わせるから。

「……鞄取ってくる」

「ん。下駄箱で待ってるから」





フリーお題 『祝福』 8月21日〆切 空色さくらもち



例えば、フライドポテトやらローストビーフやらが盛られたプレートを食ったり、

例えば、ガレット・デ・ロワの中に隠されてる宝石を当てるゲームをしたり、

例えば、皆に祝われて物を巻き上げ…貰ったり、

例えば、トランプして夜まではしゃいだり。

と、まぁ誕生日って言ったらこうやって生まれてきたことを盛大に祝われて、その一年を無事に生きれたことをめでたく思うもんだ。

まあ、祝いの形は文化によって違うし多少のズレはあったとしても、だいたいそんな感じだと思うんすよ。

決して、人に防衛魔法を張らせといて、中庭で昼寝を決め込もうとするような学生なんて存在しないと今日の今日まで思ってた。

だぁって誕生日なんて無償で飯を山ほど食える、年に一度だけの大 大 大イベントでしょ?

オレなら一秒でも無駄にしたくないし、いつもの何倍も走り回るだろう。

葉っぱにまみれるのもまるで気にしないで、くーくーと気持ちよさそうに寝続ける先輩を見てため息をつく。

まったく勿体ないっすねぇ。オレに誕生日を譲って欲しいくらい。

んま、今は見張り役だし、このまま大人しく寝ててくれた方が都合いいんすげと!

部長の誕生日ともなれば、もうみーんな浮かれちゃって騒がしいのなんのって。朝から大変だったんだから。

そういや、朝練の始まる一時間も前から飾り付けをしている奴らもいたっけ。

普段からそんくらい早起きなら遅刻も激減して助かるんすけどね。

ちら、と人のこと言えないくらいサボる部長を横目で見るとまだまだ起きる様子はなかった。

何にしても今回、オレは料理の総指揮と、この人が午後練の時間まで部室棟に来ないかの見張り役が担当だから暫くは仕事はない。

暇っていいっすねぇ。いつもこの人にこき使われててバタバタしてたから、久しぶりに花を綺麗って思った。

まぁそもそも見張りっていうか、この人大体ここで寝てるしオレいる必要あったのかな。

「あちぃ。」

「うわぁ!?びっっっっくりした〜起きたんすね」

「あぁ…汗かいた。シャワー浴びてくる」

「えっ!?」

「?なんだよ」

げ〜っ、言ったそばから。

いつも午後練前にシャワーなんてしないじゃないっすか。

まずい、このままだと部室棟の方に……!

「ぶっ、部長、シャワーだけなら今日はプールの更衣室のシャワー使いません?」

「あぁ…?なんでだよ。部室のがこっから近いだろ」

「ぅぐっ、それはそうっすけど……えっと、そう!今日なんか清掃日らしくて水全部抜かれてるらしいんすよ」

「……はぁ。面倒だがプールの更衣室行くか」

「そーしましょ」

あー、危なかった。

これで何とか談話室から避けられた。

本当にシャワーを浴びたあと、特に部室棟に行こうとする様子もなく昼休みが終わった。

「部長起きて、部活行きますよ」

「…ゔぅぅぅ……」

「唸ってもだーめ。ほら、立った立った!」

5限が終わり、いよいよ見張り役として最後の役目を果たすために誰よりも早く教室を後にし、中庭で寝ているだろう本日の主役を起こしに来た。

のに、この睨まれようは無くないっすか?

おっかねぇ顔〜。せっかくの美人が台無しすよ。

「…ッチ。メニューは」

「もう決めてあります。この後夕立が来る予報だったんで、グラウンドでの実践はやめて、部室棟のロビーで各自筋トレ」

「夕立?今日は一日中晴れだろ」

「ふっふっ、それが降るんすよ。確実に、雨は降るんす」

眉根を寄せて不思議そうな顔をした部長を連れて、飾り付けの終わったであろう部室棟に向かった。


△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△


何やら得意そうに鼻歌を歌う後輩を背に、部室棟に続く長い廊下を進む。

中庭から部室棟へ向かうならメインストリートか薬学準備室の脇を通っていくのがベターだが、東校舎の地下から行けばいちいち外に出なくても部室棟に着くことが出来る。

少し遠回りで億劫だが、「雨が降るんで」と言って聞かない後輩があまりに執拗いんで仕方なく東校舎から行くことにした。

「うー…いつ来ても気味悪いっすねえ」

もう七月も半ば、すっかり盛夏の頃だと言うのにこの廊下は、どこか張り詰めていて薄寒い。

それに他の階とは違い何故かランプの灯りが付いてないのも気味が悪い。

いやに寒くて湿っていて辛気臭い。

言い方を変えれば静かで何もない、暑さも凌げ昼寝するには適しているが、ここで寝ても心地いいものでは無いだろう。

……ふん。購買部脇の茂みのがまだマシだな。

ザァァァァァ…

「……雨、」

「お!来たっすね?わー見事なざぁざぁ降り。東校舎に回って正解でしたねえ」

『ね?降るって言ったでしょ?』と言いたげなムカつく表情で後輩が覗き込んでくる。

が、すぐにその顔は雨を再び見て呆れたような笑いに変わった。

「ちょーっとやり過ぎなんだよなぁ…」

などと、ぼやいているのを見る限り、大方この豪雨はあいつの魔法だろう。こんな量の雨を生産する魔法を使えるのは、俺の知ってる限りこの学園では一人しか知らない。

それに、あいつは加減を知らないからな。

「随分ご機嫌だな。部室棟の飾り付けは終わったのか?」

「はい、さっきそう連絡が……って、なっ、え!?なんで知って…!」

「はっ。お前の挙動見てりゃ分かる。演技も草食動物らは揃って騙されるかもしれねぇが、俺には通用しない。明らかに談話室を避けていたようだしな?」

「うぐっ、もぉ……向こうではちゃんと驚いてくださいよ?皆、割と張り切ってたんで」

「よく言うぜ。隠し通す気なんて端から無いだろうが」

「ん〜……へへ、それもバレてました?んま、オレの仕事は『見張る係』っすから。お役は果たしましたよ」

にひ、と悪戯が成功した子供のような顔で笑う。

あぁ…「バレないように隠す係」じゃねぇって?

はっ。図太ぇ奴。

まぁ休み時間毎にベタベタ付き纏う様な奴が見張り係になるよりはマシか。

「それはそれはご苦労な事だな。元より俺は、パーティもお祝いゴトも望んじゃいないんだけどな」

「へぇ、そんなもんすかね?オレはパーティ大好きっすけどね」

「お前が好きなのはその御馳走だろ」

「へへっ、アタリ!でもまぁ、皆張り切ってたのは本当の本当。ボスの誕生日なんだから当然っすよ」

ボス、ねぇ。

ほとんどを寝て過ごした今日の起きていた部分を、思い返す。

今朝開口一番に「お、お背中流します!」と言ってきた奴、

好きな肉のメニューを聞いてきた奴、

ステーキは塩派かタレ派かなどと好みについて延々と質問攻めしてきた奴、

鼻先にペンキ付けたり指先に乱雑に絆創膏を巻いてる奴、

先に変わった瞳の色をしたカラスごと射られた矢文を飛ばしてくるクラスメイト、

「誕生日だからってハメを外しすぎ無いことね」と折角開けたボタンを首元まで閉めてきやがるやつ、

「今夜…楽しみにしててください」と既に隠す気ゼロの後輩、

そして、得なんて無いだろうに、授業終わり一番に教室を出て起こしに来た奴。

ふん……まぁ、与えられる側っていうのも悪くはねぇな。

後輩の言う『当然』のフレーズに少しだけむず痒いような気になったのも確かだった。


△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△


「だぁー、もぉー、分かってたなら言ってくれればいいのに」

とっくの前に全部バレてたことに納得いかず、延々と文句を垂れる。

だってだって知らないフリしてくれてても良くないっすか?

ちょーっと驚いたフリくらいしてくれても良くないっすか??

まぁ、そんなことする部長は部長じゃないけど。

でもやっぱ、知られていて演技をしていたのかと思うとどうも恥ずかしい。

「っは、いつまでも気づかないお前が悪い」

「もぉ……まぁそんなら話は早いっすね。2個先の教室、化粧室なんすよ。そこにしましょ」

「あ?何を、」

「何って、オメカシするんすよ。オ メ カ シ」

「あ゛ぁ?おめかしだぁ?」

さっきまで至極楽しそうに笑っていたのが一気に眉根を寄せたおっかない顔になった。

「睨んでもダメっすよ、Cクラスの委員長からのご命令なんですから。こーんな葉っぱまみれで連れてったら俺が怒られるんス」

「Cクラスの?なんであいつが……あー、確かウチの部活の一年にCから来てる奴がいたな。で?誰がやるんだよ」

「え?オレっすけど」

「………………よし、櫛入れるだけで十分だろ」

「ええぇっ、オレこーみえて手先器用っすよ!」

「それとこれとは訳が違うだろうが…」

髪の毛だって、小さい子供たちのを毎日編んでやってたし。

メイク……は、ほぼ無いに等しいっすけどでも、美術は好きだし。

「ッチ……十分で済ませろよ」

「へへ、はぁーい。とびきりの美人さんにしますからね〜。ふへへ」

「お前……俺より楽しんでんだろ」

図星。

ノーメイクでも整った顔立ちをしたこの人の顔面をメイクするなんて、なんか楽しそうじゃないすか。

興味が無いといえば嘘になる〜どころか、めちゃくちゃ興味大アリ。

そのメイクをするのがオレっていうのもまた良い。

ずっとやってみたかった。

オレの手でこの人の肌を手入れして、

唇に薄く紅を引いて、

目元に星屑を散らして。

ロマンチックでしょ?

きっとこの人のエメラルドグリーンの瞳には、下瞼を太く縁取ったようなアイラインが似合うだろう。

きっと真っ赤と言うよりは、少しくすんだ…ブラウン寄りのマットなリップが似合うだろう。

きっと、きっとものすごい美人なんだろうな。

いつか本当に見てみたい、と早る鼓動をなんとか抑えて化粧室の真ん中にある鏡台へ部長を座らせる。

「結局櫛入れて編み直しただけに見えるが気のせいか?」

「はは…今日は多めに見て欲しいな〜なんて。でもほら、三つ編みだってただの三つ編みじゃなくて、編み込みにしたんすよ」

「あぁ。いつものより開放感があって悪くない」

「へへ、でしょ?」

化粧道具は色々あった。

むしろありすぎて、よく分からなかったから結局、委員長に予め渡されたオイルをコットンっていう布に付けて顔にぺたぺた塗っただけで終わった。

途中で綺麗な色をしたペンがあったから目元に使おうとしたら「それはどう見てもネイル用の液体だろうが!」と怒られてしまったから得体の知れない物を使うのは早々にやめたのだ。

何事も下調べが大事ってことっすね。

それでも、編み込みを頭上で纏めただけの髪型は、普段下ろしているからか確かに涼しげで雰囲気が違って見える。

一気に本日の主役感が増した気がした。




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聖徳大学 文芸研究同好会

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