こんにちは。文芸研究同好会です。
部員が決まった文字数で回して書くリレー小説です。
以下に第2話を公開いたしますので、ご笑覧くださいませ。
※描写はすべてフィクションです。攻撃的な意図はございません。また、作者の自由な表現を尊重しています。ご意見のある方は、文芸研究同好会までご連絡ください。
少し前に男子トイレの花子さんを解決した。オレと椿はメガネ君から対価をもらった。贖罪からかメガネ君もオレたちの協力者になったし、茶道部とも縁ができた。オレたちの欲しい情報を優先して渡してくれるらしい。部長の山田がメガネ君が困らせた罰として、なんて言ってくれた。
うん、ぶっちゃけ万々歳だ。
そのまま平和な時間が流れれば良かったんだけど、この学校はそうもいかないみたいだ。いや、オレが事件を求めているみたいに言わないでほしい。オレだって平和が良いさ。でも、ここは美術部。表の顔は何の変哲もない、普通の部活。しかし、裏の顔はなにかしらの相談がある人が訪れる、知る人ぞ知る相談屋。
美術室の扉を開けた人物はキョロキョロと周囲を物珍しそうに見てから木でできた古い四角い椅子に腰かけた。この椅子も取り替えたいがなかなか難しい。予算がないのだ。同好会落ち待ったなし。
「初めまして、川野と言います」
川野と名乗った黒髪のおとなしそうな青年はジャージの膝の部分を掴んだ。不安なのか、視線はチョロチョロと動いていて定まらない。
ちょっと大きめサイズのジャージはだぼっとしていてちょっと情けない。大きめのものを買ったはいいが、まだ成長中ということか。まあ一年生ならばこれから大きくなるだろう。
それにしても黒髪はちょっと重そうだな。もっと明るい色の髪の方が似合いそうだ。だとしたら染めたのか?面倒だな。
「オレは綾」
「僕は椿。さあ、話して。なんでも解決するからさ」
オレが今までの対価などを見せようとするより先に椿がそう言った。チラッと見れば、椿は川野を急かしていた。
ちぇっ、見せびらかしたって良いだろ。大事なコレクションだぞ。しかも前部長から継承したものもあるんだぞ。値打ち物だぞ。
「は、はいっ……!実は、今、この学校の球技系の部活のボールが消えているんです」
「ボールが消える?」
「それはどういうことだ?」
「実は一週間前から様々な部活でボールの行方不明が続いているんです」
川野はそう言って切り出した。
曰く、彼自身はバスケ部のマネージャーをしているらしい。バスケ部といえば、有名なバスケ選手を育てた人が監督をしていると聞いている。練習はとにかく厳しいが、結果を出しているから学校側もなにも言えないのだろう。体罰がまん延しているとの噂があるが本当かどうかは分からない。
一番最初にボールが行方不明になったのは川野のいるバスケ部で、それ以来、バスケ部では基礎練習がメインの練習メニューになっていた。
「うちのバスケ部、大きな大会に出るほど強いんです。でも、基礎練習って体力育成がメインで、選手はボールに触れていないんです」
「うちはサッカー部も強いよな」
「野球部もだな」
「けっこう有名だ」
「推薦もありますし」
「へぇ、推薦なんてあるんだ」
様々な部活でも言われているようだが、ボールに一日触れていないと勘を取り戻すのに三日はかかるらしい。オレも椿も運動部とは縁遠い生活をしていたからそれは知らなかった。
「それは置いといて……。そろそろボールが戻らないと大変なんです」
「それはどう大変なんだ?」
「勘が戻らなくなっちゃいます。あと……」
「あと?」
「買ってこなくちゃいけなくなるんです、ぼくが自転車で」
川野はそう言って自身の膝へ不安そうな目を向けた。そっと擦る手は震えているようにも見えた。さっきから膝を気にしているように見える。なにかあるのだろうか。かわいそうにバスケ部のマネージャーは川野ひとりらしく、明日までにボールが見つからなければ、川野がひとりで五十ものボールを買わねばならないらしい。
監督は車を出してくれないらしい。忙しいの一言で一蹴されたそうだ。顧問は川野を手伝おうとしたが監督に手出しは不要だと言われてしまった。
なんだったらボールの管理もマネージャーの仕事だろう、なんて言ったらしい。それに伴って他のボールがなくなった球技系の部活でもマネージャーに買いに行かせようとする動きが高まっているらしい。マネージャーにとってはいい迷惑だ。
「ちなみにどれくらいかかるんだ?」
「売り場まで自転車で二十分。一回で運べるボール数は八個ですかね……」
「ふむ、つまり七回は往復が必要と」
「げぇっ。最近暑いのにやんの?」
つい先日、梅雨があけてから一気に暑くなってきた。外でやっている部活のランニングの声もどこか覇気がない。ふぁいとぉ〜、なんてどこか間抜けだ。まあ、それをBGMにして涼しい場所で駄弁っているオレたちもなんとも言えない感じがするが。
「それを防ぎたくて」
「まあ、なくなったら見つければ良いだけだもんな」
「お願いします、ボールを見つけてください!」
ぺこっと頭を下げた川野に対して早速調査を開始することを告げた。パアッと顔を輝かせた川野は、一年生らしくて素直だ。
今回の対価は色鉛筆になった。そう言えばもうそろそろ色鉛筆画展の募集締切日だった。作品を出せと生徒会がうるさいから出すことにしたのだった。
未だ不安そうな川野の背を見送った後、オレは椿を見た。きっと彼だってもう気づいている。
「さっさと解決するぞ」
「ほーい」
それでさっさと色鉛筆を回収して色鉛筆画をやらなくちゃな。
オレたちはその日のうちにボールが置いてあった場所に案内してもらった。その途中ですれ違った春野に『差し入れ』を頼んでおいた。メガネ君が後で美術室に行くと言っていたから調査が終わったらオレたちは美術室に戻らないといけない。
暑いから涼みに戻れるのはありがたい。
「ここか……」
薄暗い倉庫の中。様々な部活の道具がないからか今はガランとしている。けれどボールカゴが置かれていた痕跡はあった。たしかにここに普段は置かれているらしい。ボールカゴごとなくなっているらしい。まあ、ボールを五十個ほど持ち去るならばカゴごとの方が楽だろう。
さて、次はどれくらいの被害があるかだ。ここは聞き込みの得意なオレに任せて椿は倉庫付近に怪しい痕跡がないか確認することになった。
絶対、サボりたいだけだろ。そう思ったけど言わないでおいた。
オレは一度椿とわかれてマネージャーをさがしに行った。マネージャーは仕事中だから手短に終えないといけない。
「ちょっと良い?」
メニューを記録していた女子に声をかけるとその女子はうなずいた。聞き込みの基本は愛想よく、気軽な雰囲気で。
「ボールがなくなるって聞いているんだけど、ホント?」
「ホントだよ。だって野球部も走り込みしているんだもん」
「野球部もないのか?」
「そうだよ〜。あとは水球とテニスと卓球、バレー、サッカー……」
「球技系の部活はそうなんだ」
「そうそう。おかしいよね〜」
被害の範囲は川野が言っていた通りだった。たしかに球技系の部活ばかりだった。まあ、ボールを使う部活でないとなくなったところで大した被害もないからだろう。
「あれ、陸上部は?」
「え?」
「ほら、鉄球投げるだろ?えっとハンマー投げだっけ?」
「そこまでは知らないよ〜」
「そっか。あの倉庫にあったりする?」
「え、うん、たぶん」
「ありがとう。じゃ、頑張れ」
「うん」
手を振って次の子に話しかけた。
「今、平気?」
「少しなら」
「ありがと。ボールがなくなっていることを聞いたんだけど」
「うん、なくなっているんだ」
「そっか」
「まあ、俺のとこは関係ないから良いんだけど」
「何部?」
「バドミントン」
「たしかに。ボールじゃないもんな」
「ん?綾じゃん」
「おー、三谷じゃん」
顔を上げるとそこには三谷が立っていた。サッカー部のユニホームを着ていた。肩にはフェイスタオルをかけて、頭から水をかぶったのか髪の先から水が滴っていた。うん、水も滴るいい男だ。
どうやらあれからちゃんと復帰できているらしい。スランプは乗り越えたようだ。
「サッカー部でボールなくなったの、ホント?」
「そ、ホント。いやー、ずっと走り込みでさ。けっこうきちーわ」
「そうか。選手も大変だがマネージャーも大変だな」
「そうか?マネージャーはそうでもなさそうだぞ?」
「そうなのか?」
「ああ。色々と準備しなくてよくなったし、ボール磨きもないしな。今の方が楽だってマネは言ってた」
「ふうん、そうなんだ」
「おい、三谷!早く来いよ!」
「おう!んじゃ、また縁があれば」
「俺も仕事戻らなくちゃ。頑張って」
「あぁ。ありがとう」
手を振って倉庫に向かう。
倉庫は主に二つあって一つはさっき見たボールなどがしまってある倉庫。もう一つは陸上やサッカーなどの外の部活の大きなもの――たとえばゴールとかネットとか――をしまっている。
鍵はかかっていない。だからオレでも入ることができた。中にはハードルなどがしまってあったのか、土の跡が残っていた。
しかし、ハンマー投げの道具は残っていた。これはもしやボールと認識されなかったということか?まあ重いしな。
「そこで何やっているんだ?」
「あっ、すみません」
振り返れば陸上部のユニホームを来た人が立っていた。目つきが鋭いがそれほど怖くない。
たぶん先輩だろうとオレは思う。なにせ身長が高い。
「ボールがなくなるって聞いたので陸上部のハンマー投げの道具はどうなのかなって思って」
「ハンマー投げの道具?あぁ、それは重いから消えていないだろ」
「ですよねぇ」
ふっと笑う。それにあれはハンマーであってボールじゃない。条件からはちょっと外れるのだ。
「怪しまれっから気をつけろよ」
その人はそれだけ言ってさっさといなくなってしまった。オレは他の部活の人からも色々と話を聞いた後、汗を流したまま美術室に戻った。
「あっ、お疲れ様です!」
「今回は水ようかんだそうだ」
メガネ君が椅子に座っていた。美術室にしては珍しいお茶の香りがする。ふっと目をやれば椿がいた。どうやらとっくに戻っていたようだ。室内は冷房が効いていていて涼しい。
椿はメガネ君と一緒に冷たい緑茶を飲みながら水ようかんを食べている。ぷるんとしたそれは今の時期ならばありがたいものだ。
「『差し入れ』にきました」
にっこりと笑ったメガネ君はオレに座るよう促した。オレは座ってから水ようかんを口に運んだ。さっぱりしていて美味しい。なんとなく落ち着いたような気がする。
「はじめにボールがなくなったのはバスケ部です。その後、サッカー、バレー、テニス、野球、水球、卓球」
「いつ消えたとかは分からないのか?」
「放課後の部活までに消えたそうですよ。バスケ、バレー、サッカー、野球部は朝練から放課後練習の間までのようですけど」
メガネ君はそう言ってオレにお茶をすすめた。飲むと舌の上にじんわりと苦味が広がる。うげ、ちょっと苦い。
椿はなんてことない顔でお茶を飲んでいた。ああいうのを大人の余裕って言うのかもしれない。単純にオレが子ども舌だからか。
「それから」
「まだあるのか?」
「はい。どうやらマネージャー同盟っていうものがあるらしいです」
「マネージャー同盟?」
メガネ君はうなずいた。曰く、様々な運動部のマネージャーがそれに入っているらしい。マネージャー同士での情報交換だったり、後輩指導などでも使われている。
「マネージャーにとっては貴重な情報源と同類探しの場のようです」
「なるほどな」
部員には言えないことでもマネージャー同盟ならば言える、ということもあるのだろう。他の部活ではマネージャーの仕事じゃないのに、自分のところではマネージャーの仕事になっている、なんてこともあるだろうからな。
「それじゃあ僕はこれで。また何かあれば『差し入れ』しますね」
「おー、お疲れさん。また頼むわ」
メガネ君は立ち上がるとそのまま美術室を出ていった。外はとにかく暑いから今頃うげって顔をしているかもな。オレは椿を見た。
「椿の方はなんかあった?」
「まあ、だいたい予想通りだった」
「まじ?」
「綾もだろ」
「ん」
今回はどう考えてもその結論に辿り着く。一方でボールを追うことは難しいかもしれない。
結論のさらに先にあるのだ、ボールの隠し場所に関することは。
「やっぱさぁ。強いチームだと練習も大変なんだな」
「練習を覗いたのか」
「ん。オレは絶対ムリ」
「当たり前だろ。僕たちは運動部と縁がないから」
椿はそう言ってスケッチブックを開いた。色鉛筆画をやるようだ。かくいうオレも色鉛筆画をやらないといけない。
オレに関しては下絵がまだできていないから急がないといけない。椿は着々とやっていたのか、下絵は終わっているらしい。ひどい裏切りだ。
「明日には解決するぞ」
「最短だな」
「あー、そうかも」
そんなことを考えながらスケッチブックを見た。案がないから何も描いていない。スケッチブックの真っ白さが憎い。いっそのこと真っ黒に塗り潰してしまおうか。いや、それだと色鉛筆画って言えなくないか?かといって繊細な色使いは得意じゃないし……。やっぱ色鉛筆画って難しいな。さっさとテーマを決めて取りかからないと。
「なぁ、椿」
「うん?」
椿は顔を上げなかった。それだけ集中しているんだろう。
「オレたち、後輩を作らなくちゃな」
「……いなくても良いんじゃないか?」
「分かるけど。でもさ、このままだと同好会落ち確定じゃん」
「相談屋なんてやりたくないでしょ」ピシャリと椿は言った。オレはぐうの音も出なかった。仕方ない。オレや椿は美術部こそ隠れ蓑だと思っているが、普通は美術部らしく絵を描きたい人が入部するのだろう。
この形になってしまったのは前部長からだと聞いている。元々部員数が少なくて暇を埋めるためにやり始めたと聞いている。
「このまま相談屋は消える」
「そうかもしれないけど」
「大丈夫。美術部は残るよ」
「……同好会落ち確定なのに?」
「そうだな」
椿は色鉛筆を置いた。そっと覗けばかわいらしい春の野原が広がっていた。ポツンポツンと黄色があちこちに咲いている。ダンディライオンだ。白くなって飛ぶ様ばかりがよく描かれるが、椿はあえて黄色く咲いているところを描いたらしい。繊細な色鉛筆の動きはオレには真似できない。
「まあ、明日で終わらせよう」
「はいはい」
終わらせたいよ、オレも。
翌日の早朝。オレたちは川野に会っていた。川野が朝練に参加していることをメガネ君から教えてもらっていたからだった。あまり聞かれたくない話だったので、早朝の朝練は都合が良かった。
彼は素直に認めた、自分がバスケ部のボールを隠したことを。
動機はマネージャーの負担の大きさ。普通は三人から五人ほどで構成されているマネージャーの集団だが、バスケ部のマネージャーに関しては川野しかいないのだ。
つまり、ボール出し、ボール磨き、床のモップがけ、タイマーや濡れ雑巾やスポーツドリンクの準備、体育館などの窓開け、メニュー記録などなど……。部員たちのありとあらゆるサポートを川野一人で引き受けているらしい。
監督は他にもマネージャーがいると言っていたが、いっこうに他のマネージャーは現れず、負担は大きい上に仕事が終わっていないと怒鳴られる。ノロマ、グズなんて悪口はかわいいもので、延々と怒っていたかと思えばお前のせいで時間が潰れたと言われる。練習を中断させやがって、なんてもはや言いがかりでしかないし、理不尽でしかない。部員たちは監督の見えないところで川野の仕事をやったりして負担を減らしてくれているが、それでも川野一人ではできっこない量だった。
精神的にも体力的にもひどく疲れた川野は練習がなくなれば良いと思った。バスケ部の練習が川野を苦しめていたのだから。
色々と考えた結果、ボールを隠すという暴挙に出たのだ。だってそうすればボール出しをしなくて良い。磨く必要もない。ボールを隠せば少しだけ負担が減った。
それをマネージャー同盟でマネージャーたちに教えたのだ。そうしたら他の球技系の部活でも使っているボールが消えた。みんな、マネージャー業が嫌だったのだ。負担は大きいし部員はやってあって当たり前という顔をしていたから。全然、楽しくなかったから。
しかしつい先日、川野はボールを買うことになった。監督がそう決めたのだ。川野はそれが嫌でボールを隠し場所から戻そうとした。でも――。
「そこにボールはなかったんです」
焦った川野は裏で相談屋をやっているオレたちを頼ったということらしい。
「どこにボールを隠していたんだ?」
「倉庫には地下があるんです。そこに」
「そこへ行けるか?」
「はい」
川野と共に倉庫の地下に行くとサッカーボールや野球のボール、テニスボールなどなくなったはずの球技系の部活のボールが置かれていた。
「ここか」
一番奥のぽっかり空いた空間を見て椿は呟く。たしかにここに置いてあったらしい。けれど、一つ言えることがある。
「ここからどうやって持ち出したんだ?」
そう。一番奥の空間に置いてあったとして、どうやってそこから移したのか。バスケットボールが最初なのだから取り出すことは難しい。他のボールカゴが邪魔をするのだ。
「カゴは分解できるのか?」
「いいえ」
「最後に見たのは?」
「四日前です。最後の卓球部のボールを隠すのを見ていました」
「だめだ。こっちは動かない」
「出口は一つってことか」
分析をしながらオレは椿と共に奥に行く。
「地下の存在を知っているのは?」
「マネージャーはみんな知っています」
「それは球技系の部活じゃなくても?」
「ええ。あとは体育委員です」
川野は思い出すような素振りを見せた。あまり確かな記憶ではないようだ。にしても結構知っている人は多いんだな。オレたちは知らなかったのに。それは文化部だからか。
「今日中に見つければ良いんだろ?」
「はい」
「ん、じゃあ後は任して」
仕事、戻らないと怒られたりしないか?なんて椿は優しく言う。川野は大丈夫です、と返した。実際、今の時間はやることがあまりないらしい。
そりゃそうか。朝練とはいえやっていることは走り込みばかりだからメニューの記録なんていらない。
そもそも今の朝練ではマネージャーが来る必要がないらしい。
それでも監督に来いと言われて早起きしてメニュー記録をしているらしい。その間、水は一滴も飲んではいけない。これはもはや体罰なのでは、とオレは思った。それもこちらが訴えれば勝てるぐらいの、だ。
「さあ、探しに行こうか」
「いいけどさー。もうすぐホームルームじゃないか?」
「やべ。……川野、先に行け。椿も。オレは今日、午前中は腹壊して午後から行く予定」
「オーケイ。そういうことで昼まで自由か」
「ん、そゆこと」
椿はオレを置いて川野とさっさと出ていった。うん、椿はそういうやつだ。別にショックじゃない。知ってた、うん。
「さぁーて。見つからないように動きますか」
今日の体育の予定は頭に入れてある。そこをかわせればバレることはない。なんのための時間割りだ、とオレはくすりと笑った。
倉庫は除外。かと言って敷地外に出すのは手間。ならばどこに隠すか。オレだったら誰も来ない場所に隠す。この学校で誰も来ないと言えば、校舎から離れた森。
森。それは通称だ。生徒たちが自然と触れてリフレッシュできるように、をコンセプトにしているそこは木々が多く、地面も土だし、もう少し季節が進めば葉が地面をおおって隠してくれる。なによりも、この森は生徒や先生にも不評で、めったに人は来ない。
隠し場所ならばここがうってつけだ。もちろん、ボールカゴがここにあるとは思っていない。カゴ自体はもう見つけてあるのだ。
体育館にある小さな倉庫。そこは部活の道具は置かないのだが、入ってすぐのところにフタつきの大きなボールカゴがあった。バレーボール用のネットを置く場所になっているようだが、たぶんアレがボールカゴだと思う。
ならばボールだけになっているはずだ。ボールだけならば隠すことは容易だ。ボールカゴを動かしたときの跡が地面に残ることもない。目印だってない森の中。隠した人しか場所が分からないだろう。
「まっ、普通は無理ゲーって言うけどね」
美術部の裏の顔、相談屋には失せ物探しの依頼もやってくる。そういうときに椿がだいたいの見当をつけてくれる。オレはそれを聞きながら密かに修行を積んできた。今こそ、それを見せるとき!
……なんてそれは甘い考えだった。
森の中をくまなく歩いたが、いわゆる掘り返したあとはなかった。つまりはここに埋めたわけではないということらしい。
うーん、ここだと思ったんだけどな。
オレは休憩をしようと池の近くに腰かけた。だってそこにベンチがあったから。ぴちゃんぴちゃんと水の音がする。昨日の夜遅くに雨が降り、小さな滝ができていた。そこから水が落ちているのだ。
ザアザアと風が歌う。葉が擦れて笑う。あぁ、木漏れ日が眩しい。日陰だから涼しいが陽が高くなれば暑くなってくるだろう。
「今、何限かな」
腕時計を見ればニ限目が終わる時間だった。オレのクラスは次、体育か。椿も来るかな。
もしこのまま見つけられなかったら――。
「あるわけないじゃん」
オレたちは相談屋。迷子捜しから事件まで、なんだって取り扱う。そこにはオレたちなりのやり方と頭脳がある。なんだったら前部長から継承した技術だって。
ペチンと頬を叩く。
「あと探していないのは――」
オレはふっと池を見た。身を乗り出して池を覗く。しかし底までは見えない。
「ちょっと汚いけど……、仕方ないか」
オレはゆっくり池に顔を近付ける。顔がつくくらいの距離で止まってじっと底を見た。それでも見えない。目は悪くないはずなんだがな……。
その瞬間、背を押された。ヤバい、と思った瞬間、池に顔を突っ込んだ。ぶほっと池の水を衝撃で飲んでしまう。
ばっと顔を上げて咳き込む。吐きそうなくらいだ。でもそれをぐっと耐えて何度も咳き込んでようやく落ち着いた。
オレの背を押した人の姿は見えなかった。けれど、あえてそうやったということはここではないということか。だってここに隠しているならばそんなことはしない。わざわざ見付けさせたいわけじゃないだろう。
これ以上ここにいても仕方ないし、別のところを探しに行こう。
オレはひとまず人目につかない道を通って美術室に向かった。そこにタオルなどを持ち込んでいた。顔ぐらいは拭きたかった。
美術室の鍵は持っていたのでそっと入る。普通は授業中に美術室に入ったら駄目なんだが、部長なのでそのへんは少しばかり緩い。まあ、見られていないから平気だ。こっちまで来る生徒はほとんどいない。美術の授業だって今日はないし。
「よっと……」
タオルに顔を埋めた後、髪を拭く。臭いがしないといいな。さすがにこのままの状態で午後の授業に出るのは勘弁願いたい。周りの人に迷惑だろう。
「――でも、違ったか」
ボールを隠すなら森だと思ったんだがなぁ。あそこなら隠しているところも見られないし、隠し場所もいっぱいあるから条件に合うのに。
それとももう校内にはないのか?いや、わざわざ外に出すなんて手間なだけだろう。もしそうならば、そうしないといけない理由があったはずだ。物事には必ず理由があるって言ってた人がいるしな。
外に出した理由。学内にあると不都合があるのか。
そのとき、ブブッと携帯電話が鳴った。見れば山田から連絡が来ていた。おいおい、今は授業中だろ?そしてオレがサボっているってなんで分かるんだよ。こわ、敵にしたくないわ。
『新しく入手した情報だ。倉庫の地下は教師であれば誰でも知っている。なお、球技系の部活の顧問は地下の存在を知っているとみて良い。追伸――――――――』
「……ハッ、そういうことかよ……」
オレははじめから視野が狭すぎたようだ。容疑者を生徒に絞ったところが敗因か。いや、だっ
てそう思うじゃん?
でも違った。そして、オレたちは色々と知らなすぎたんだ。
目的地は駐車場と図書室。でも今の時間に図書室に行くと大目玉を食らうからそれは昼休みの後半に。今すぐ行くなら駐車場か。それから椿と作戦を練らないと。
オレは立ち上がる。
「んじゃ、行ってみますか」
大丈夫、今日で全て解決するよ、川野。
放課後、オレは川野を美術室に呼んでいた。ついでに顧問や部員たちも呼んでおいた。ボールのある場所が分かったから来てほしい。たったそれだけ。
けれど部員も川野も喜んでいた。顧問もどこか安心したような顔をしていた。今日に関しては監督は来ていないらしい。まあ、きっともう来ないと思うんだがな。そっちも手は打ってある。
「しかし一体どこにあったんだね?」
「まあまあ。そんなにすぐネタバラシをしたら面白くないでしょう?」
椿がそう言ってくすくす笑う。オレは時計を見た。まだ掃除の時間中だ。たまたまオレも椿も当番でないだけで、普通はまだ掃除をしている。
「最後の役者がそろうまでお待ち下さいね」
「役者……、ねぇ」
「えぇ。……あぁ、暇ならばどうです、オレとゲームをしませんか?」
「ゲーム?」
オレは椿の方を見た。椿はうなずいた。こういうときのゲームは決まっているのだ。
「簡単なゲームですよ。絵しりとりって知っていますか?そこの黒板を使うんです。二つのチームに分かれて絵だけでしりとりをするんです。最後に多く繋がっていた方の勝ち」
――ね、簡単でしょう?
椿が白いチョークをオレと顧問に渡した。顧問は黒板を見た。綺麗な黒板だ。だってそこはめったに使わないから。だから躊躇っているようだ。うん、オレも躊躇するよ、それが綺麗すぎるものだったら。
「おっと、」
「すみませんっ……、ふらついてしまって……」
「おいおい、椿。無理するなよ。怪我をしたんだろ?」
「そうなのか?」
「っ、えぇ……」
椿はうつむいた。どこか恥じらっているようにも見えた。体育の時間に軽く捻ったらしい。昼休みに会ったとき、椿は少しだけ動きにくそうにしていた。
「それならば帰った方が良い」
「いえ、綾に荷物を持ってもらって帰りますし、今日中にやらないといけないことがあるんです」
「それは家でもできるだろう?」
「いえ、ここの方が良いんです、集中できますし」
「あれだろ、色鉛筆画」
「もうすぐ提出だしね」
頑固な椿に顧問はため息をついた。それに椿は上目遣いで顧問を見た。
「すみません、車なら帰っても良いんですけど、両親は忙しくて……」
「オレの親も駄目だし」
「だったら送ってあげれば良いじゃないですか」
むうっとした顔で言ったのは木崎だった。たしかバスケ部の部長だ。身長が高くて顔もそれほどブサイクではない。うん、好青年って感じだ。
「馬鹿言うな、大変なんだぞ」
「俺たちが怪我したときは良かったのに?」
「それは部員だからな」
椿は顔を曇らせた。まあ、言い合いが始まっちまったからな。しかも自分の怪我がきっかけだ。罪悪感もわくだろう。
「なぁ、椿。迷ってっかもしれないから探してくるよ」
「分かった。僕が絵しりとりを仕切れば良いんだね?」
「おう」
オレは椿にチョークを渡した。それから美術室を出た。そこで待っていたとある人物にあるものを渡してオレは本館に向かった。
椿に言ったことは嘘ではない。美術室は意外と目立たない場所にあるのだ。美術なんて芸術の選択科目にあっても選ぶ人はほとんどいないし、使う人が少ないから掃除場所に含まれてもいない。そのせいか場所を知らない生徒は多い。
だからこそ迎えが必要なのだ。
「美術室、どこですか?」ほらな。
声をかけたりかけられたり。オレはたくさんの生徒を引き連れて美術室に向かった。
気分はさながらハーメルンの笛吹き男。報酬が払われない怒りから笛を吹いて子どもを連れてどこかへ去った男の話だ。面白くて何度も読んだが、あれは結局報酬を払わなかったことが悪いと思う。オレだったら報酬はしっかり払う。それが相手と自分のためだからな。その途中でついさっき会った人物からメッセージが届いた。準備室に運んでおいた、とそれだけ。相変わらず素っ気ないな。愛想ないのはいつものことか。
充分だ、とオレはニヤリと笑った。案内していた生徒にはバレなかった。美術室が近付くと、
「あはっ、これ、キツネじゃん」
「いや、猫なんだが……」
「えぇっ?もう繋がってないじゃない!」
なんて楽しそうな声が聞こえてくる。普段の美術室では考えられないほどだった。二人でコレクションや画集を見たり、それっぽくデッサンをしたりしているだけで、基本的に駄弁っているだけなのだ。まあ、声が大きくないからここまで漏れ出ていないだけなのだが。
「おーう、連れてきたぞ。これで全員か?」
「あ、はいっ!」
木崎の言葉にオレはうなずいた。椿も小さくうなずき返した。作戦通りに。
さあ、全ては整った。始めようか。
「まず、ボールをお返しします」
そう言って準備室からボールを出した。部員たちが数えて全部あることを確認した。
「美術準備室にあったんですか?」
「いいえ。運んでもらったんです、返すために」
「じゃあどこに?」
「その前に聞きたいことがあります」
椿は立ち上がる。怪我をしたなんて感じさせない動きだった。当たり前だ。だって椿は怪我なんてしていないのだから。
「どうして三日前の練習で怪我をした十条を運ばなかったんです?」
いっせいに十条に視線が集中する。十条は足首にテーピングをしていた。軽い捻挫だったが悪化を防ぐため、現在はマネージャーのサポートをしている。
「ついさっきの話では、部員が怪我をしたら車で送るそうですね。なのに十条のときはしなかった。それはどうしてですか?」
「それは……」
「答えは簡単。車に乗せられなかったからです」
空気が変わった。しかしそれも一瞬のことだった。
「どうしてそう思うんだ?」
「思う、じゃないので」
オレは写真を見せた。そこには顧問の車が写っていた。実はついさっき、オレが頼んだのは写真部の坂口という奴だった。坂口には証拠写真と共にボールを取り返してもらっていたのだ。
その写真にはボールが車に積まれているのが見てとれた。もちろん、パッと見では分からないようにされているが、覗き込むようにすればボールの存在に気付けるようになっていた。
「なんで――」
川野が悲しそうな顔をした。そりゃそうだ。川野にとっては色々とお世話になっている相手だから尚のことだろう。
「そんなの」
「戻ってきてほしかったからだよ」
椿が川野を見た。川野は言葉に詰まる。
オレは机に雑誌を置いた。そこには川野が特集されていた。ざわっと周囲がざわつく。
それはバスケをする人にとってはバイブルのような雑誌だった。そこに特集されるということが、どれほどすごいか彼らは知っている。そう、川野は中学バスケ界では少し有名な選手だった。小さい身体を活かしたプレースタイルは身長だけが全てじゃないとめいっぱい示していた。憧れだった。
けれど、彼は高校でバスケをしなくなった。
「バスケをやってほしかったから。マネージャーじゃなくて選手になってほしいんだよ」
川野はうつむいた。中学校では明るい栗色の髪だったのに、今は重たい黒髪だ。おとなしそうな雰囲気には中学時代の名残なんてない。
「ぼくだって、バスケ、やりたかったんです」
泣きそうな顔で川野は言った。
「でも、できない……」
――バスケをやめざるを得ない怪我ですよ?そんなの、ぼく以外が許してもぼくがぼくを許せない!
「怪我って――」
「膝。歩く、少し走るならできるんです……。でも」
「バスケはできない、か」
顧問の言葉に川野はうなずいた。
「川野はマネージャーの仕事の多さと膝への負担を考えてボールを隠した。そうしないと自分を守れなかったからです。そしてアンタはボールを見付けて、川野をバスケの選手に戻したくて自分の車に隠した」
「僕たちからすればどっちもどっちです」
「振り回された他の部員たちがかわいそうだ」
ふう、とため息をつけば顧問も川野もうつむいた。
「妥協点を探せば良いんだって」
「パス練習はやるとか、座ってできることならやるとか。初心者の指導とか、ルール講座とか」
「バスケ、好きなんだろ」
川野はうなずいた。バスケが好きじゃなきゃマネージャーなんてやらない。それに、選手を経験していないとできないサポートだってある。川野はそういう面で支え続ければ良い。
「その話し合いはココじゃないところでやってくれ」
「僕たちは美術部で締切が近いものがあるからね」
「そういうこったあ。おら、一人二つぐらいボールを持ってけ」
「はい、ありがとうございました!」
木崎はそう言って部員に指示を出す。部員たちがボールと荷物を持って動き出した。
「なんとかなりそうだな」
「……はい」
「まあ、よく話し合ったほうが良い」
「あっ、色鉛筆っ」
「それならここに」
椿の手に色鉛筆があった。どうやらそれが報酬らしい。五十色入りのそれはかなり値がはるものだ。めちゃくちゃ嬉しい。
川野はふわっと笑う。
「ありがとうございました」
「頑張れ」
「はい」
うなずいて川野は美術室を出ていった。
再び美術室は静かになった。二人きりだ。これでようやくいつもの美術部だ。
「お疲れ」
「おー」
オレはそっと椅子に座った。椿がオレの目の前に色鉛筆を置いた。
「ほら、さっさとやれよ」
「え?」
「色鉛筆画。明日締切だろ」
「んえ?来週じゃなかった?」
「ほら、よく見ろよ」
椿が見せてくれた募集のポスターにはたしかに明日の日付が書いてあった。オレは真っ青になる。
「ヤバッ!」
「早く出せ。手伝ってやるから」
「う〜〜、ありがとう!すぐ出す!」
オレは荷物の中から下描きをしたものを出した。昨日の夜のうちに下描きを終わらせようとやった甲斐があった。おかげで少し寝不足だ。
「なぁ、綾」
「んー?」
振り返れば椿はなんとも言えない顔をしていた。そんな顔は似合わないな。
「どうした?」
「いや……。なんでもない」
変な椿。
オレは椅子に座ると早速作業に取りかかった。ぐしゃりと椿が握り潰した白い紙にオレは気付かなかった。
それから二日後、美術室に川野がやって来た。髪色が栗色に戻っていた。どうやらそっちが地毛のようだ。今までは黒く染めていたらしい。イメチェンってやつらしい。黒より似合っているよ、カッコいいじゃん。
そして、体罰に近いことをしていた監督がいなくなり、膝への負担を考えてパス練習の相手をすること、初心者のドリブルやシュート練習の補助をすることで落ち着いたと報告してくれた。
マネージャーの仕事も少し減ったらしい。ボール磨きは部員もやることになったし、モップがけは部員がやることになった。結果としてバスケ部は良い方向に進んだらしい。
それはなによりだ。川野の表情が物語っている。ずいぶん明るくなったな。そっちのが良いよ。
「本当にありがとうございました」
「良かったよ、落ち着いて。楽しいんだな」
「はい! ……ところで、椿先輩は今日、いないんですか?」
「あー、生徒会に呼ばれたって」
昼休みに椿は生徒会の人に呼ばれていた。放課後に生徒会室に来るように言われたらしく、今日は美術室にはオレしかいなかった。
「そうだ、今度、部活を見に来てください」
「ん?」
「デッサンとかの練習になるかもしれないですし」
「あぁ、たしかにな……。機会があれば」
「せひ!」
川野はそう言うとふわふわと笑って一礼して出ていった。犬みたいな奴だな。ふわふわしててちょっとかわいい感じ。うん、これはモテるな。
オレはそんなことを考えながらスケッチブックを開いた。何を描くわけでもないが、パラパラとめくって見る。過去の自分の絵は椿以外には見せられない。
どう見ても下手くそなのだ。ピカソのあのカクカクした子どもみたいな絵の方がマシなレベルだ。いや、あれはちゃんと評価されているから比較対象にすらならないが……。
「そう言えば、椿はなんで生徒会に呼ばれたんだろうな?」
部長はオレだし、そういうことはオレの方に振るはずだよな。じゃあ、どうして?
「……まあ、いっか」
何かあれば報告してくれるだろう。何も言わないということはオレが知らなくても良いということだ。報連相だけはしっかりしているからな。
鉛筆を持ち、スケッチブックの表面を滑らせた。薄く広がった線のまま少しずつ描き込みを増やしていく。細かいのは面倒だから無視する。
うん、ちょっと不格好だけど犬に見える。モノクロのそれは舌を出して今にも動き出しそうだ。丸々としたポメラニアンは毛玉みたいでかわいい。川野のことを犬みたいだと思いながら描いていたからこうなったんだろう。
「へぇ、綺麗じゃん。ポメでしょ?」
「うおっ?」
驚いて振り返れば椿が立っていた。どうやら呼び出された用事は終わったらしい。椿はオレの手元とスケッチブックを見た後、ふっと笑った。
ちょっと不格好なポメラニアンを優しく見ている。くそ、椿の方が上手いのは知っているんだからな。
「この前の色鉛筆画も良かったじゃん」
「そうか?」
この前の色鉛筆画は椿の方が良かったじゃん。オレよりもずっと繊細で時間をかけていた。
オレのはその足元にも及ばないよ。あんな、サッと描いたやつ。
「ところで生徒会の用事ってなんだったんだ?」
「……あぁ、文化祭のこと。ほら、今の生徒会長は僕の知り合いでしょ。ポスターの案を出してくれないかって言われちゃってさ」
「へぇ。絵の具?」
「何でもいいってさ」
「ふうん。テーマは?」
「繋ぐ」
「……案はあるんだろ?」
「まあね」
だと思った。椿はそういうやつだからさ。聞いただけで案があるなんてすごいよな。オレはギリギリになってもやらないところがあるし。
「でも、今回は僕じゃなくて綾がやった方が良い」
「オレが?」
椿はうなずいた。オレはたじろぐ。生徒会長は椿に頼んでいるんだろう?なのになんでオレが?
「僕も手伝うよ。一緒にやろう」
「でも……」
「美術部としての活動にしちゃおうよ」
「おう……」
たぶん、このとき椿は分かっていたんだと思う。オレたちに待ち受ける困難を。そしてオレは分かっていなかったんだ。
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