市古輪

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小説 仰望の秋  市古輪

「あー、あー。もしもし、聞こえる? こちら都会の者。もしもーし」   ヅヅッ ザー、ザー… 
「あっ、繋がった。こちら田舎もん。聞こえてる」 「よかった。これからがピークだっていうのに、もう寝ちゃったのかと思った」 「絶対寝るなって、言ったのはそっちだろ」 「まあ。でも、これだけ2人の居る距離が離れていたら、走って行って叩き起こすこともできないし」   ザザー、ザ
 「21時36分。そろそろピークだ」 「マジ? 周りが明るくて全く見えない」 「どこにいるんだ?」 「6階建てアパートの屋上」 「6階もあるのに、周りのほうが明るいのか」 「近くにスーパーのデカい看板がある。そいつが光ってて明るいんだよ。悲しいかな、文明に人間が負けている」 「俺はあぜ道。山のある方向は流石に見えないけど、真上はチョー見える」 「轢かれないでよ」 「車なんか通んねぇぞ」 「そうだったね」   ザザザザ、ジー、ヅー 
「……」 「……あっ! 流れた!」 「ウソぉ! 見えなかった……」 「細かったからなぁ」 「こっちはオリオン座すら見つけられないのに!」 「それって、もう流星群どころじゃないな。あっ、また!」   ザ、ザザー
 「空は繋がってるなんて言うけど、そんなの嘘だね。見えてるものが違ったら、同じとは言えないんだ」 「そう拗ねんなよ」 「折角、離れていても同じものを見れるチャンスだったのに」   ザザーー…… 
「あれっ?ちょっと、壊れちゃったの?私とアイツだけで交信できる通信機!」   …………
 「あんた、わざわざ実家から苦労して持ってきたって言うのに、壊れたらただのゴミだよ。アイツがスクラップで組み立てた、寄せ集めの通信機……」    …………  「……うわっ! 何も見えない! 閉店の時間だから、スーパーの電気が消えたんだ……」 「あんなに眩しかったのに、一瞬で消えるなんて、流れ星かよ」  「あーあ、星の良く見える都会が憎い」 「仰望の秋」
市古輪 

小説 雨の秋/紅葉の秋 黎夜月

雨の秋/紅葉の秋 黎夜月 並木道を歩く。吹き抜ける風は冷たく、肌をなでるたびに体温を奪う。むき出しの手のひらは温度を失くして青白い。まるで死人のようだと僕は嗤った。真っ黒な服が余計に白さを際立たせている。  ひらり。一枚の紅葉が風に煽られ、目の前に落ちてきた。そっと伸ばした手の中に舞い降りた紅葉を、僕はひとり眺めていた。*「好き?」 視界の端に白が翻る。 「もみじ。好き?」追うように目線を上げると、前を歩いていた彼女が振り向いて、こちらの手の中を覗き込んでいた。眩しいほど真っ白なワンピースが、色づいた並木道の中で目を引く。 「嫌いじゃない」 僕の答えに「なぁにそれ」ところころ笑うと、また数歩先へと駆けて行く。その背中をゆっくり追いかけながら、ふと思い立って指先でくるくると玩んでいた赤い葉を、目の前の白に向けて日に透かすように突き出してみた。いくら眩しくても、人でしかない彼女では透けるはずもないけれど、真っ白な服に真っ赤な紅葉は存外映えて、悪くないなと目を細めた。  「やまないねぇ」  ぽつぽつと降りだした雨はさほど強くはないけれど、傘なしに歩けるほど弱くもなかった。自分一人なら濡れても構わなかったのだけれど、隣の彼女を濡らしたくなくて、雨宿りに選んだのは一際大きな紅葉の木。彼女は「もみじの雨宿り。風流だねぇ」と紅葉を見上げて「赤い傘もいいな。和傘とかどうだろう。でもこの傘には勝てないかな」なんてはしゃいでいたけれど、雨を受け止めてひとつ、またひとつと散っていく葉に、段々と口数も減ってきて、木の下からぼんやりと空の向こうを眺めていた。  葉を伝う水滴が赤く染まって、滴り落ちて地面に黒い染みを作る。 「泣いてるみたい」 空を見上げたまま、彼女が言った。「泣くのか」 地面を見つめたまま、僕は言った。まるで血のようだ。命の水が溢れて、滴り落ちる。命を使いきった紅葉がまたひとつ地に落ちて行く。 「わかんない」 ぼんやりとしたままの声が続けた。 「わかんないよ。泣いて欲しくないけど、きっとそれは哀しいことだから」  僕は彼女を見た。彼女はまだ空を見ていた。雨足は変わることなく、雲の向こうに隠れた日は姿を見せない。それでも薄暗くなってきた周囲と肌寒さに夜の訪れを感じることはできた。 「このままかえっちゃおうか」 彼女が僕を見る。まっすぐな視線は温度がない。普通に考えたら帰るだけなのに、彼女の言葉が空恐ろしく感じられた。 「まだ、いいだろう」 視線を落とす。地面の染みは色を濃くして広がっていた。空気が冷える。体を冷やすのは良くないことだとわかっていた。それでも彼女がかえることが怖くて、何よりまだ帰したくなくて、僕は言葉を飲み込んだ。  彼女は「仕方ないなぁ」と笑って、それから小さく言葉を吐いた。雨音はとても静かだったけれど、僕は聞こえないふりをした。   並木道を抜けた先の土産屋に、小さな和傘が飾ってあった。手のひらほどの大きさの、和紙で作られた紅葉色の傘。白に映えるかと思って、ひとつ買ってみた。無機質な白い部屋に咲いた傘は、あの日の紅葉ほど綺麗には見えなかった。彼女は嬉しそうだったけど、僕の顔を見て「仕方ないなぁ」とまた笑った。その言葉の先は聞きたくなくて、僕は白い部屋を出た。彼女は追ってはこなかった。* さあ、と風が吹き抜ける。飛ばされないように手の中の紅葉を握りしめた。燃えるような色をしていても、葉は冷たく温度はない。 「嫌いになりそうだ」 こぼした音はしとしとと降る雨の中に消えていく。水滴が真っ黒な服にシミを作ってさらに色を暗くする。紅葉の傘を使うには、もうたくさんの水が流れすぎていた。散った命に木が泣いている。赤い傘は買わなかった。差す人がいなかったから。小さな和傘だけ一緒に燃やした。彼女がそう望んだから。  眠る彼女は真っ白なままなのに、和傘の赤はいつの間にかくすんでしまって、ちっとも綺麗に見えなかった。白は燃えて、赤は黒焦げになった。燃えても彼女は白かった。人の骨は白いものだけど、残るものまで白いのは彼女らしいと僕は思った。僕の心は和傘のように黒く焦げ付いて、雨にぬれてもくすんだままだ。空が泣いている。あの日と同じように。「泣くのか」 手のひらを開いて、紅葉を見下ろす。握りしめたせいで歪んでしまった葉は、まだ濡れてはいなかった。 「泣くのか」 赤い雫が一つ流れた。それが答えだった。 「そうか、僕は泣くのか」 雨は止まない。傘はない。木に残った最期の葉が、風に攫われて消えていく。
紅葉が、もみじが、秋の終わり告げて逝く。 『     』 「ああ、確かにこれは哀しいな」 嫌いになれたらどれだけよかっただろう。心の中の雨は悲しみを訴えていて、それがあまりにも哀しかった。答えを出すには遅すぎた。でもだからこそ僕は素直に受け止められる。  「好きだ」 手の中の紅葉はいつの間にか消えていた。